経済の仕組みについて

多くの優れた経済学者が心に思っていたこと 経済の仕組みをより良く構築することで 経済的に豊かな社会をもたらそうとする。 その為の学問 経済学も作られた

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お勧める経済の本  小室直樹さんの本

経済学を学ぶ上でお勧め方する方がいます。

小室直樹さんです。
小室直樹さんは数学を修められていて論理的に考えられる人です。
世界的な有名な経済学の多くから実際に講義を受け『天才 直樹』と言われた方です。

普通はそういう学者の方は小難しいことをいうものですが
小室さんの書く内容・話す内容は明確であり非常にわかりやすいんです。
どの分野でも本当に内容がわかっている方、よって自信をもって
説明できる方の内容は非常にわかりやすいのです。

経済にまったく興味がなかった稲穂黄金が
小室さんの著「資本主義のための革新」を読んた時に初めて

あっ!! 経済学はおもしろいなと

思えたのです。

私は本を読む時に最後まで一気に連続して読むことはめったにないのですが
この本は2日間かけて(夜遅くまで起きて) 一気に読み終えました。
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これ程 悲惨さを生みだしている共産主義を信仰する人々

これ程 人類に多くの悲惨を生みだしている共産主義
それでも今だに共産主義を信奉する人々は多くいる。
特に日本においてまだいるのだ。

別にあなたが共産主義を信じることが法的に問われることもない。
日本は世界の中でもっとも思想に対してゆるい国である。
どういう考えを持つことも許されている国といってよい。

日本にはそういう自由がある。

だからこそ、そういう自由に生きる我々はそれを大切にする必要がある。
客観的に物事を見ることが大切なのだと思う。

うまくいかないシステム、人を不幸にする社会システムを取り除き
素晴らしいものを世の中に広げいくことが必要なのである。

未だに共産主義を支持してやまない人はその人の人生とかぶって
いることがある。青春時代の学生運動、皆で政治のことを語り合った思い出
そういうことを否定したくない気持ちが働いているのだろう。
また自分が信じた共産主義が間違いであったと認めたくないのだろう。

人間は自分が経験してきたことに意義を見出したい生き物である。

しかし共産主義を支持している人たちはそれがうまくいかないのを
誰よりも一番理解しているといってよいだろう。
共産主義が良いのだと自分に何度も何度も説得しなければ
自分の心を納得させられなかったに違いない。

しかし本当にすばらしいものは自分に対する説明や説得は不要である。
自分に何度も自己暗示的に説得を試みる時 人は自分自身に嘘をついている

ヨーロッパではベルリンの壁が崩壊してロシアが共産主義の終わりを告げた時に
共産主義を信じていた人々の多くが自分の考えが間違っていたという悩みに
直面せざるを得なかったという。
 共産主義を主張して大学の先生もその非を認めざる負えなかったという。

そうであろう。今まで何十年信じていたものが現実的に否定しなければならなかったの
だから、その苦悩も察するにあまりある。

だが日本においてはそういうことを聞いたことがない。
間違っていた共産主義を信じていた人を責める日本人がいないからだ。


だが本当の偉大なものを生むにはしっかりと客観的な判断を求めることは
必要になるのだ。
 1960~70年代の経済成長は学生のわがままや無知からくる横暴の
学生運動を飲みこんでしまう勢いがあった。
実際にそれに甘えて多くの学生が自分が勉強しない理由を政治運動に
結びつけていた。

 だが21世紀は誰でも情報を取得できる時代になる。
だからこそ学生だから甘えられるという時代ではなくなっているのである。

また年配者に色々言われている現代の若者もそのことを意識している。

なぜ マスゲームなのか③  人類の辿りついた場所

共産主義は物を分けるために物を定義し管理することが重要な項目になった。
そして物の定義に始まり, 美の形も定義しさらにはもう1つの進化論
逆行するかのように感情に対しても定義したのだ。

笑いとはこういういう顔であり悲しみとはこういう顔であると定義しているのだ

北朝鮮のテレビから見えてくる北朝鮮市民の顔の表情の統一は
もっとも恐ろしいことである。

また共産国家が統一の感情にまで来たのは必然の結果であった。

共産主義の思想は生まれながらにしてこのもう1つの進化論の流れに
逆行しているのだから!!

もう一度言います。 
人類は色々な喜びの表情を獲得しまた色々な悲しみの表情を経験し
それを顔に歌(和歌、詩)に表現するところまでたどり着いた。
感情の多様化 感情の表現こそが人間の個性の証である。


我々人類がもう1つの進化論の最先端を走っていることの結果なのである

人類はそのことを知っている。
だから誰もが表情豊かな人を恋するのである

なぜ マスゲームなのか② もう1つの進化論

ダーウィンの進化論とは別にもう一つ進化論がある。
それは万物の流れに沿った進化論。
この世に存在する万物は 共通の性質を各段階レベルで有している

  第1段階 すべての万物は重力という性質を保有する
  第2段階 刺激に反応する。 この段階で岩石などの無機物は消える
  第3段階  己の意思で動く。  この段階で植物(有機物)は消える。
  第4段階  思考をもつこと。 この段階で昆虫は消える
  第5段階  記憶を有すること。 この段階で人間以外の動物が消える
           (過去と現在の比較をする手段を得て想像力をもつことができる)           
このもう1つの進化論の果てに辿り着いた場所に我々人類はいる。

人間は生まれながら強烈な個性を持つことに至った。
それは他の動物とは桁違いの記憶力を有しているためである。

その圧倒的な記憶力が言葉を生み学問を生み技術を生んだ。
人間だけが過去を想い・未来を推測できる

圧倒的な個性を生んだ人類。
そして心の喜び悲しみの喜怒哀楽を顔で表現するまでになったのだ。


なぜ マスゲームなのか①

なぜ北朝鮮(共産主義国家)はマスゲームなのか。
それは必然から生まれている。

共産主義はその文字から共に産むと書く。
それでは何を産むのかといえば物である。

そしてその物を平等に分けるといっている。
だから彼らは平等に分けられない知識を嫌った。

知識は受けての能力によって習得できるレベルが違うからだ。
そして人より多くの知識を有している知識人を嫌い弾圧した

そして彼らの物を平等に分けるという考えは芸術にも及んだ。
絵画などはその絵をみる観察者の受容能力によって受け止め方が違ってくる

絵画を趣味にしていたり良い絵画に触れている人は
当然 絵に対する感受性が高くなる。

よって絵画では見る人の感受性のレベルによって
絵画を鑑賞する楽しみの度合いが違ってくる。
つまり平等にその楽しみを分けることができない。


だから子供からお年寄りまで誰でもわかりやすい訴えかけてくる演劇などが好まれる。
そしてその最たるものがマスゲームなのだ

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